三重県のコロナ感染患者数は減少傾向にあります。
とはいえ、まだまだ油断は禁物。人前でのマスク着用と3密を避ける行動は当地でも続けられています。
今回も思い出の地、津新町の今と過去を振り返ります。

写真1
写真1は、前回紹介した自転車置き場のお向かい。今は更地の駐車場になっています。
ここにはかつて本屋さんがありました。
三重野書店。覚えていますか?
古い建物で薄暗い店内でした。
近鉄東海ストア4階の別所書店に比べると、入りづらい感じもありました。
入り口の平台には成人向け雑誌が並んでいたりしましたし。

写真2
写真2は、ロータリー入り口の向かい。ここも駐車場とマンションになっています。
ここにあったのは映画館。津東映でした。
平成の初めまで営業していましたが、シネマコンプレックスには勝てず、閉館しました。
ここで映画を見た卒業生も多いのではないでしょうか。

写真3
写真3は踏切を渡ったところ、南東角です。微妙なスペースが線路沿いにあります。
昔、踏切が手動方式だったころ、ここには小さな小屋があり、踏切警手の控室になっていました。
現在同様、棒状の遮断機が塞ぐ方式の自動踏切になったのは50年以上も前のこと。
それ以前の手動式のころは帯状遮断機が上からカーテンのように降りてくる方式でした。
その場面を知っている卒業生も多いことかと思います。

写真4
写真4はそのすぐ東、新町通の南側で、今はマンションになっています。
かつてここにあったのはパチンコ屋さん。ラッキーとクラウンという2軒のパチンコ屋さんでした。
高校生なのに私服であったことを生かしてパチンコ屋に通った卒業生も少なからずいるはずです。
昭和50年代はちょうど手打ち式から電動式に移行するころでした。
大学入試のあとでパチンコを打ち、勝ったら不合格、負けたら合格なんてジンクスもあったような。
「俺も昔はワルだった」。可愛いものですね。
文・写真/ふるさと通信員・テツじゃ